“映画づくり、人づくり、まちづくり”
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“三河映画” THE FILMS COMMUNE

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2017/08/11
“何があっても僕は監督の味方です”

「Ben-Joe」に参加することが決まったとき
助監督・荒川が私に言った言葉である

彼は東京で助監督経験があり
数年前に地元に戻ってきた男
自らも監督もする

監督経験がある助監督ほど
心強いものはないが

スケジュール管理・撮影現場の取り回し・配車計画・役者との交渉・小道具集め(花農家でもあるため温室で小道具の花を育てたりも)…

何でもこなす万能スタッフである

映画のことをよく理解し
映画のことをこよなく愛している

“Ben-Joe”のことも
心から愛してくれたと思う

私の無茶な要望にも
文句も言わず何とか応えようと
最大限の努力を払ってくれた

人の気持ちを推し量ることに長け
問題が起きても
争わずしてベストな道に
着地させることができる術をもつ
私も何度もフォローをしてもらった

彼なしではこの映画は完成しなかったと
言い切れる人間のひとりである

そして彼には
私たちと同じ大きな夢がある
“Ben-Joe”の撮影はほぼ終わったが
これからもともに
夢を叶える仲間でいたいと思う

監督
岩松あきら

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2017/08/04
ブレずに続ける

つい先日
美術担当のファンファンさん(愛称)から
三河映画第三弾「すみれカフェ」の
舞台となる喫茶店の看板の画像が送られてくる

「Ben-Joe」の美術も担当した彼は
非常に器用で賢い男

映画の美術というのは
脚本を読み解き
キャラクターを理解し
小道具・大道具に反映していかなければならない

その点においても彼は
脚本執筆の勉強もしていたこともあり
信頼度は高い

彼は計画的に作業を進めていくことができ
クオリティの高さと安定感があり
実に信用できる仕事をしてくれる

その秘訣について彼に
一度尋ねたことがある
その答えは意外にも

“100%の力でやらないこと”

何だか手を抜いているように聞こえるが
そうではない
何事もブレずに最後までやり遂げることは
非常に困難なことだ

私たちの映画制作はどうしても時間がかかる
そうなるとどうしても精神的にも波が生まれる
常に全力では最後までたどり着けない

もちろん私のように
いつも余力のない人間もいるが
彼らしい哲学だなと感心

「Ben-Joe」での彼の仕事を
しっかり観てもらえたらと思うと同時に
「すみれカフェ」での彼の仕事にも
期待していただきたい

監督
岩松あきら

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2017/07/06
子役の演技指導

「Ben-Joe」の撮影で
苦労したことの中のひとつに
子役の出演するシーンの撮影がある

特に演技経験のない子役を
演出するのは非常に難しい

「浮き雲」などの作品で有名な
成瀬巳喜男監督は
撮影現場で子役たちが
ガッチガチに固くなってしまうため
同時に複数のことをやらせながら
演技をさせることで
集中力を分散させていたらしい

是枝裕和監督は
「誰も知らない」で
非常に自然な演技指導を
子供たちに施していた

一見するとリハーサルなしで
隠し撮りでもしているかのようにみえるのだが
メイキング映像を見ると
しっかりリハーサルを行なっている
ただし脚本を渡さず
口伝えでセリフを教えるなどの
独特の工夫をしながらであるが

そうした名監督の演出を参考にしながら
私も芸能プロダクションで
子役の演技指導のレッスンをしているが
一朝一夕にはうまくいかない

私は元小学校教師なので
その25年間の経験もうまく生かして
子役の演技指導を究めていけないか
そう思いながらも
今なお模索中である

監督
岩松あきら

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2017/06/29
気づいていなかった事実

現在
「Ben-Joe」の本編編集と並行して
予告編の編集も行なっている

合間には
メイキング映像も確認したりと
ほぼモニターの前に座ったまま
動かない日々が続いている

目の疲労も半端なく
編集を開始してから
目薬はかれこれ3代目

編集作業をしていると
役者の小刻みな震えだったり
アクションによる切り傷だったりと
撮影現場で見落としていたことに
気づくこともしばしば

一番驚いたのは
メイキング映像を確認していた時のこと

クライマックスのシーンの撮影で
ヒロインが過呼吸に陥り
撮影が中断したことがある

その間も
メイキングカメラは回っていたのだが
その映像を今回確認していたら
ヒロインの過呼吸の痛々しさもさることながら
よく見ていると過呼吸の合間に
嘔吐を繰り返しているではないか…

撮影現場ではそのことに全く気づかず
ヒロイン本人はそのことを誰にも告げず
私は平気で撮影を進めていた…

彼女に申し訳ないことをしたと思いつつ
モニターを前にして
改めて彼女の根性に
敬服することしきりなのである

監督
岩松あきら

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2017/06/20
クランクアップしてもなお撮影中

映画「Ben-Joe」では
“赤い花”が大切な
イメージ・アイテムとなっている

脚本を読むと例えば
「郊外の駅
 赤い花が咲いている畑の向こうにホームがあり
 電車が入ってくる」
と書かれている場面がある

撮影のためスタッフは
赤い花畑が近くになる駅を
しらみつぶしに探すことになる

だがそんな都合のいい場所は
なかなか見つからない

そんな中
隣にコスモス畑が広がる
駅が見つかる
しかし「よしこれでOK!」
というわけにはいかない
なぜなら物語の設定の季節が春だからだ

結局1年以上かけても
条件に合った駅は見つからない
そこで赤い花を大量に手に入れ
駅の隣の空き地に
植えこむ作戦を考える

そうなると
三河映画の場合
花農家と話し合いが始まる

前作「幸福な結末」でも
ひまわりをロケ地に植えての撮影を試みたが
イメージ通りにいかず
あえなくボツになるという経験もあったので
リベインジとなる

花農家との話し合いも進み
撮影時期が近づいて来た
「さあいよいよ撮影か」と思いきや
現場に足を運ぶと
空き地がいつの間にか
麦畑に変わっている…

あえなくその作戦を断念
次に考えられたのが
駅と花畑を合成するという作戦だ

そこで
あたり一面の赤い花畑を
全国各地から探すことに…

ついに最適な花畑が見つかるが
見所のピークを調べたら
なんと“今週”とある

翌日
撮影機材を抱えて現地に出発!

これがつい先日の話である
クランクアップをしても
実景撮りはまだまだ終わらない…

監督
岩松あきら

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2017/06/12
三河映画第三弾「すみれカフェ」 原作者×監督

先日夜行バスに乗り込んで
東京へ向かう
「すみれカフェ」の原作者の方に会うためだ

六本木のとある事務所で落ち合い
「Ben-Joe」の仮編集した映像を
彼に一部観てもらうが
強烈過ぎたのか
言葉を失われる…

場所を居酒屋に移し
「すみれカフェ」の
世界観
テーマ
キャラクター…
思いつくままに語り合う

これが無茶苦茶楽しい
クリエイティブなことを語り合うほど
至福な時はない

別れ際に彼に
「映画はすべてお任せします!」
と言われガッチリ握手を交わす

数日して彼から
キャラクターについての
覚書が送られてくる

こちらの想像を超える設定が書かれており
テンションがますます上がる

弁護士であるため
話はとてもリアルなのだが
これにさらなる想像力が加わり
世界観がどんどん膨らんでくる
どんな映像になっていくのか
今から非常に楽しみである

監督
岩松あきら

※写真は、「すみれカフェ」原作者と監督の語らい。

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2017/06/08
“才能”とは“持久力”

今までも映画制作や
演技指導に関係する
講師をする機会は多々あったが

最近映画にとは直接関係ない
講演会の依頼が増えてきた

三河映画は「映画づくり」を通して
「人づくり」「まちづくり」を
実践していることもあり

地域活性化や夢
人材育成をテーマにして
話をして欲しいと
お願いされることが増えた

25年間教師をしてきたこともあり
人前で話すことは比較的慣れているのだが

テーマがテーマなので
参加者の面々は目上の方ばかりで
正直恐縮することしきりなのである

いずれにしても
自分の好きなことをやり続けてきたことで
人の役に立てることほど嬉しいことはない

「人の役に立てることをしたい」

そう思っていても

「自分に何ができるのか」
「自分にどんな才能があるのか」

思い悩んでいる人は多いと思う
そんな人たちに何か言えることがあるかとすれば

“誰でもできることを
誰もやらないほど続ける”

これしかないと思う

確かに世の中には
天性の才能をもっている人はいる
しかし実際には
目に見えない“才能”を言い訳にして
努力をしない自分を肯定していることが
多いのではないだろうか

何事もやってみないと分からない

才能の差は小さいが努力の差は大きい
“継続は力なり”

そう思って努力を続けることも大事なことだろう
それでも“才能”があるかどうか不安であれば
“才能”とは“持久力”だと思えばいい

ただし
嫌いなことを続けるなんてことは
誰にもできはしない
当たり前だが
好きなことしかやり続けることはできない

“好きこそものの上手なれ”

とはよく言ったものである
ただただ好きなことを好きなだけやり続ければいいのだ

「え? 好きなことが分からない?!」

それだったら上手い下手に関係なく
いろんなことにどんどん挑戦すればいい
きっと楽しいことを見つかるはずだ
それこそ
“下手な鉄砲も数打ちゃ当たる”だ

監督
岩松あきら

※写真は講演会中の岩松監督

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2017/05/22
“まちおこし”映画について

映画制作・上映によって
地域活性化を行いたい

そんな思いで
“まちおこし”映画の企画は
全国各地で立ち上がっている

問題なのは
映画で本当に“まちおこし”はできるのか?
ということ

“まち”というのは
“人”の集合体であるから
“まち”を活性化させるというのは
多くの“人”を熱くさせるということ

お金の力で
“人”が動いても
“人”は熱くならないし
後で何も残らない

一方
夢や情熱の力で
“人”が動けば
“人”は熱くなる
後には人間力のついた“人”が残る

三河映画は
後者のやり方を押し進めて
“映画づくり”をしながら
“人づくり”をおこなっている

“映画づくり”で育った“人”たちが
“まち”へと広がり
次第に“まち”が盛り上がっていく…

単に自分たちの作品を
上映することだけを考えるのではなく
こうした三河映画のやり方が
“まちおこし”の一つの形として
全国各地を盛り上げる一旦を担う
そんなことができないだろうか…

編集の合間
そんな構想が頭の中をグルグル巡っている

監督
岩松あきら

(写真は三河映画第二弾「Ben-Joe」での地元の方とかかわりを綴った新聞記事)

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2017/05/16
全国上映への道

今は“Ben-Joe”の編集を
淡々と行う日々だが

そんな中
上映の形についても
あれこれ考えたりもする

映画が完成したのちには
全国でより多くの人に観てもらいたい
作り手としては
当然の思いである

現状では
自主映画の監督たちが
自分の作品を上映する際
ミニシアター系の映画館に
レイトショーの回に上映するのが
スタンダードな方法だと思う

もちろん映画館に支払う代金は
簡単には支払えるような額ではない
全国数か所ともなれば
その総計はかなりのものになる
上映すればするほど
赤字になってしまう
これが実情だろう

そうなると現実的には
自分たちの地元の映画館でのみの上映となり
どうしても客席は知り合いばかりで
埋められることになる

ただし
映画館で上映したという
既成事実ができれば
映画情報誌に載ることも
レンタル屋に並べることも可能になる

やはり“これでよし”と
手を打つべきなのだろうか

今までの路線に従って
情熱と時間を費やしてつくり上げた作品を
赤字になって上映するしかないのだろうか…

“Ben-Joe”
そして“幸福な結末”も
同様の形で上映するしかないのだろうか…

いや
既成のやり方に納得がいかないのであれば
新しい方法を試みれば良いだけだ

三河映画が今まで行ってきた
無謀なチャレンジの数々
それを信じてくれた人たちに支えられて
私たちはここまで辿り着くことができた

信じてくれた人たちが
信じて良かったと思えるよう
これからも完成・上映に向けて全力を注いでいく

そんな大きな野望を持って
撮影同様
チャレンジに満ちた上映にしていきたい

監督
岩松あきら

(写真は名古屋のミニシアター系映画館「シネマスコーレ」)

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2017/05/10
役者から見える景色 (助監督編)

三河映画の助監督の高橋佑奈
彼女も三河映画に
すべてを懸かけたひとりです

彼女は当初役者として
三河映画のオーディションを受け
私が演じた早紀役に志願していました

キャスティングはされなかったものの
そのままスタッフとして参加
大学卒業後もそのまま居残り
クランクアップまで
三河映画を支え続けました

合宿所で私は
いつも彼女と隣同士で寝ていました
まさに寝食共にした仲です

そんな彼女が
三河映画の仲間と共に闘い
歯を食いしばる姿を
幾度となく見てきました

彼女はどんなに壁にぶつかろうと
「やります!」
「やらせて下さい!」
と言い続けてきました

どうしてそこまでしてまで
闘い抜こうとするのか
いっそ逃げ出してしまえば楽になるのに
とさえ思うこともありました

でもそれは
監督をはじめ
熱い想いを胸に闘う
三河映画のメンバーに出会えたこと

成長したいと思う
彼女自身の熱い気持ち

そんな周りと自分の熱さが
きっと彼女を
突き動かしていたのだと思います

また彼女が助監督として
撮影現場に居ることは
正直私にはプレッシャーでした

早紀役をやりたかった人が常に
目の前で演技を見ているのです

毎日必死で闘っている
彼女を見ていると
彼女には負けないように
私もがんばらないといけない

こんな早紀じゃ
きっと彼女は納得しない!
彼女が納得しなかったら
お客さんには絶対に伝わらない!
そんな思いを心に
全力で早紀を演じ続けました

だから
私が力一杯早紀を
演じることができたのは
涙しながらもがむしゃらに
闘い抜いた彼女が
そばにいてくれたからなのです

今は役者同士として
熱く語り合える仲間です

早紀

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